固定比率は、下記算式で計算される。
<div style=”padding:10px; border:1px solid #4e80ff; border-radius:10px; -moz-border-radius:10px; -webkit-border-radius:10px; box-shadow: 5px 5px 5px #ccc;”>固 定 比 率=固 定 資 産/ 自 己 資 本</div>
この比率は、設備資金の調達と運用のバランスを示すものであると言われる。
この比率については、負債と自己資本をどのように定義するかによって、この算式の分子にくるか分母にくるかが決まる科目があり、負債と自己資本のどちらに該当するとするかによって比率が大きく変わってくるのであり、その例としては、繰延税金がある(Foster George,Financial Statement Analysis p65)。
労働が疎外されたことを土台にするのが利潤であり、疎外された労働が国際金融資本に前貸しされ、労働力への貸し出しがフィクションされ、利潤に国債の返済負担がフィクションさせられたものが未払税金が繰延税金であるから、経済上は利潤の分配である。利潤の分配が負債としてフィクションされ実体化されたということになる。
固定資産への投下資本の回収に要した過程は、長期と評価され、設備投資が必ずしも収益獲得に貢献するとは限らないから、投下資本を確実に回収できるかわからず、回収にはかなりのリスクがあるため、資本の調達と運用という観点からは、固定資産への投資は自己資本によることが望ましいとされる。
保守的に考えれば、固定資産の投融資は、返済の必要のない資金、利息のない資金で賄うのが望ましいとされる。
収益獲得に貢献するのは、固定資産ではなく、労働である。フィクションされた自己資本は、現実には、疎外された労働の一部である。リスクは実体のない観念であり、労働の疎外と預金により国際金融資本への前貸し、資本関係のフィクションの方便である。
自己資本による投資であっても、借入をフィクションされた投融資のフィクションにしろ、利潤増殖のコントロールを国際金融資本より受ける。利潤の分配は、利子に変えて配当という方便で行なわれる。
固定資産の投資をどの程度賄っているのかを見るのがこの比率であるから、100%以下が理想とされるが、この考え方に固執すると、自己資本が増えないと設備投資をしないことになり、ビジネスチャンスを逃してしまう恐れがあると言われる。需要があるのに自己資金が貯まるまで設備投資をしないのでは、企業間競争に敗れてしまうと言われる。
設備投資は、将来、その設備からの回収資金で賄うという考え方の方が積極的であると評価されるが、設備が利潤を産み出すのではなく、労働が利潤を産み出し、設備を稼働させるのも労働力である。
ビジネスチャンスや需要はフィクションされた実体のない観念であり、労働の疎外の方便であるり、競争は労働の疎外の装置である。
設備投資が毎期の減価償却費と利益の範囲内で行われていても、このような場合、固定比率は、さほど変化しないとされ、固定比率が上昇傾向にあっても、償却が進み、資産の簿価が下がる場合があるとされ、これらの場合には、生産力の維持という点では検討が必要であるとされる。
減価償却費は、疎外された労働の価値を土台とした、労働力商品への支給が未払となっている評価の一部である。
減価償却による簿価の縮小も労働の疎外、資本関係のフィクションの方便である。