ロックフェラーの家長とロスチャイルドの家長が、疎外労働を土台に企業の労働者が創らされた利潤の評価を借りて借用書を交付して銀行をフィクションし、銀行に国債をフィクションさせ、国債を日銀に出資したロックフェラー、ロスチャイルドが国債を買って、紙切れをフィクションし、それが企業の労働者に貸し付けられて、核開発製造、製薬、種子、エネルギーに関する疎外労働をさせられ、ロックフェラーやロスチャイルドは無制限に紙切れをフィクションし価値を付すことを法律上認めさせた。

国家は観念上の実体でしかなく、国債は現実にはロックフェラーやロスチャイルドの借金なのである。すなわち、国債については、ロックフェラーやロスチャイルドが返済することができ、彼等に返済義務があるのだが、給与の支給を待たされた労働者が労働力の再生産に応じ、融資を受け容れ、国債の返済を受け容れ、疎外労働を土台に国際金融資本に再度前貸しを繰り返しさせられているのである。労働者には、経済関係上、国債の返済負担をする義務がないのだが、法律上支払を余儀なくさせられてしまっている。

軽減税率に伴い消費税率が上がることを含め、増税に反対する人民は、自分の財布のみを見ているわけではない。

ロスチャイルド、ロックフェラーのユダヤ金融資本は、貸し渋るフリをして粉飾決算書を作成させ、それをメディアに批判させ、現実には、労働に付される価値の疎外がフィクションできていないとして企業にいる代理人労働者を咎めているのである。

労働力再生産の評価の疎外を土台とした労働力商品の評価と交換されている限りは、銀行は買収されない。更に、現実には労働をさせなくても、貸し付けのフィクションを受けさせなくても銀行は買収されず、産業の労働者に国債を返済させずに資産をフィクションさせても紙幣をフィクションする権利を実体化させて既成事実となって過程が進行されている限りは、紙切れが商品の属性を付与され、銀行は買収されず、社会も回るのだが、疎外労働をさせること、紙切れのフィクション、それに価値を付すことの方便が用意できないのである。

方便が用意できないと、需要がフィクションであること、紙切れに価値が実在しないこと、備わっていないことが暴露され、紙切れをフィクションして投融資することが難しくなり、金融資本経済関係を維持することが容易でなくなる。国際金融資本は、疎外労働を土台とした利潤を得られず疎外労働に参加しなければならなくなる方向への入口に差し掛かると思っているのである。

人民が税金すなわち国債を返済しているのは金融機関すなわちロックフェラーやロスチャイルドに支払っているのであって、税務署の労働者に払っているのではない。公共事業の属性が付されているものも、民間企業の労働者が、ユダヤ金融資本に資本を貸し出されて請け負っているのである。

増税に反対する人民について国家の借金の存在を考えていないとすることは、税収の確保と国債に付された評価という上層しか見ておらず、ユダヤ金融資本が出資設立したメディアが煽る国債に付された金額に洗脳されているということである。

増税反対する人民を叩く論者、少子化を憂い労働力再生産を唱える論者は、ユダヤ金融資本の利潤にのみ目を向けさせ、ユダヤ金融資本の側に立たされて、ロックフェラーやロスチャイルドに飼いならされてしまったのである。