労働者は資本、生産手段を持たないから、生活の「過程」を売って労働力を提供している。労働者は、資本と異なり、紙切れを投融資したり、動産、不動産、架空資本を貸し付け価値を付して、疎外労働をさせ、資本を増殖させ、再投融資をするといった過程を行う権利を取得していない。

資本、特に国際金融資本は、原子力、製薬、石油、麻薬、戦争に投融資でき、社会、その分社化された家庭、労働者の生活を大きく変えることができるから、プライベートを犠牲にし、社会からチェックされることを受け容れなければならない。

労働者は、資本、生産手段を有しないから、資本との資本関係、生産関係に基づいて労働をしているだけで、資本を増殖させ、留保、配当、処分、再投資する権利を全く有していないのであり、意思はない。権利がないということは損害賠償義務がないということである。

労働過程において実現した瑕疵の損害賠償義務は資本にある。顧客と資本との経済関係について言えば、資本の情報を開示すれば足りるのである。

労働者が資本のブログにおいて顔、実名を晒すことにより、ネット上はいかなる間も全ての経済実体も閲覧できるから、出身、住所、学歴、病歴、国籍、職歴、業務の実績、階級、犯罪歴、婚姻歴の有無、労働力の再生産つまりは子の有無、セックスしているか、いつどこで買い物をし、飲食をし誰と会っているか全ての情報が社会に次々と丸分かりとなり、現実にはプライベートな時間がなくなるということである。

労働者の情報が社会に丸分かりになるので、労働者にとって再就職の妨げにもなり、退職できずに疎外労働をそこでさせられ続けることを余儀なくされる。

資本は労働者の生活が丸分かりとなり、給与の使い途、消費額、貯金を把握することができ、いつどこで何をしていたかが分かるから、ブログ作成によって顧客が獲得できても、労働者が今何しているかによって労働者を労働時間外に呼び出したり、サービス残業をさせたりすることができてしまうのである。

資本は、観念に基づいて労働者の情報を開示するしないを決めているのではなく、このような経済利益があるから、ブログ、ホームページを開設し、労働者の情報を開示するのである。資本は、36協定があったかのように、又、請負契約であったかのように逃げ口上を用意する。

ネット上で労働者のプライバシーを晒すことは、労働者にとっては、公開処刑を経た無償労働をさせられるということなのである。