[事実関係]
毛織物を修整してその手数料を得ることを業としていた原告法人Xが確定申告をしたところ、税務署長は、訴外N毛織株式会社に対する織物修整加工賃金76万2,000円を回収不能であるとして雑損とする損金算入を否認して法人税の更正処分を行った。
裁判所は、
「所得金額の残額にあたる金76万2,000円については、昭和32年12月2日訴外N毛織物株式会社の右織物修整加工賃債務を免除する旨の書面の作成しあること[ママ]を認めることができる。
そこで右昭和32年12月2日の債務免除の意思表示と昭和33年2月4日の調停における債務免除の意思表示との関係につき考察するに、凡そ同一の意思表示が時日を異にして二つ存在する場合には、後者の意思表示が前者の意思表示を確認するにすぎないものであることが、後者の意思表示自体において、表明されている時乃至はその他の事情から明白である時は格別、そうでない場合であって、しかも後者の意思表示の成立において前者の意思表示が存在していることを全然考慮に入れたふしが見えないような場合には、前者の意思表示は既に当事者の明示若しくは黙示の意思によって撤回してしまっていると解し、後者の意思表示を基準としてその後の法律関係を規整するを相当とすべく、
本件についてこれを見れば、調停により成立した条項においては勿論、右調停申立書の記載においても、既になされた債務免除の意思表示を確認する趣旨を表示する表現は存しないのみならず、かえって当時未だ免除すべき債権が存続していることを前提として右調停申立のなされ、これに基づき右調停のなされたことが認められる。
そうとすれば右昭和32年12月2日の債務免除の意思表示は有効に存在しなかったか或いは有効に成立していたとしてもこれを解消の上昭和33年2月4日の調停において改めて右免除の意思表示のなされたものと解すべく、よってすでにこの点においてX社の右金76万7,000円の債務免除の意思が昭和32年度になされX社の同年度における法人税額の査定につき斟酌せられるべき旨の主張は証拠を欠くものというべきである。
X社はその主張の右債務免除の意思表示乃至調停が成立した日の後である昭和33年3月25日右訴外毛織物株式会社の債権者集会に債権者の一員として出席し、債権の一部弁済に当たる第2回分配当を受取っていることが明らかであるが、X社は如何なる債権に基づき右の如く債権者として行動したかを見るに、
右訴外会社にあっては昭和32年2月22日より昭和33年3月25日までの間債権者会議が6回にわたり開催され、その間2回債務の一部弁済に当る分配金が支払われていて第2回分配金の支払は右最終の第6回の期日になされたことが認められ又昭和33年3月31日当時右訴外会社はX社に対し72万6,600円の債務を負担していたことが認められ更に前記第6回の総会が行われた同年3月25日にX社が右訴外会社より金3万5,400円を受取ったことは当事者間に争いがなく、
これら認定の事実を総合して判断すれば、先ず右金3万5,400円は前記総会において支払われた第2回分配金のX社受取分であること、従って、右総会の日のX社の債権額は金76万2,000円であったこと。結局右債権は、X社が免除したというところの前記金76万2,000円の債権に他ならぬことが確認されるのであり、換言すればX社が既に免除したと称する債権に基づき、債権者として行動していることが認められるのである。
凡そ債権者が債務を免除しておきながらその後も債権者として行動したり、一部弁済したり貸借対照表に債務として計上する等のことは非債弁済、錯誤等の特別の事情なき限り有り得ないことであり、本件においてかかる特別の事情の存在を認めるに足る証拠がない以上、X社主張の右債務免除の意思表示はそのなされた時期がいずれの場合であったとしても果たしてX社がその真意に基づき右訴外会社の資力喪失のため止むなくなしたものであるか否か、右訴外会社の資力も果たして完全に喪失していたか否か極めて疑わしいものと言わなければならずこれを法人税法上貸金の回収不能な場合と見られなかったとしても右の事情から見れば、それは十分な理由があることであるとしなければならない」とした(名古屋地判昭和35年8月16日)。
[解説]
書面に表示しても意思は実体のない観念である。債務を有する経済実体において、現金があってそれを貸与したり、架空資本、固定資本があって、生産手段を購入し、架空資本、固定資本を金融資本に所有されることにより投融資を受けて、生産手段を貸与して労働を疎外し、疎外した労働を資本に転嫁せざるを得ない経済関係があって、返済手段がなかったとは言えなかったのである。
民間金融機関の所有を通じた中央銀行の紙幣発行権、準備金制度の取得に関する実体関係の存在から、全ての経済実体は、債務を返済して現金、担保名目の資本がなくなった段階になるまで清算を社会に認めさせることに成功することはできないことが、既に民間金融機関を所有する資本が資本関係を土台に規定されているのである。 国際金融資本は紙幣発行権、準備金制度を所有しているから現金不足になることはない。金融資本との資本関係から債務を負う経済実体には、免除通知を受けても返済するしないに自由意思はない。 錯誤は実体のない観念である。