[事実関係]
原告法人Xは、従業員の定年につき、満55歳定年制を実施していたが、昭和40年頃から経営が行き詰まり、多額の負債を抱え、同年会社更生法の適用を申請した。
Xは、勤続満10年定年制を実施することとし、昭和43年10月に退職金規程にこれを盛り込み、次いで、昭和45年11月に就業規則を改定し、その28条に「従業員の定年は満55歳とする。又は、勤続満10年に達したもの。但し、定年に達した者でも業務上の必要がある場合、会社は本人の能力、成績、及び健康状態などを総合勘案して選考の上、新たに採用することがある」と規定した。
Xは、昭和44年3月から46年11月の間までの間に、15名の従業員に対し、いずれも上記退職金規程により勤続満10年に達したものとして退職金を支給し、それを退職所得として源泉徴収納付に係る所得税を納付した。退職金の支給を受けた者の内、2名は支給後退職したが、その余の従業員はXに引き続き勤務し、これらの者の役職、給与、有給休暇の日数の算定等には変化がなく、また社会保険の切替えもされなかった。
税務署長は、本件退職金は、所得税法上の給与所得に該当するとして源泉徴収納付義務告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を行った。
第一審は、
「Xの従業員の勤続満10年定年制に基づく退職は、その後の再雇傭の如何にかかわらず社会一般通念上も退職の性格を有するものと認めるのが相当である」として、本件退職金は、所得税法上退職所得に当たると解すべきであるとしてXの請求を認容して本件処分を取り消した。
税務署長は控訴したが、第2審判決は控訴を棄却した。
最高裁は、
「定年制は、勤続満10年に達した従業員に退職金名義の金員を支給するための制度上の手当てとして設けられたにすぎず、したがって、右定年制のもとにおいては、従業員は勤続満10年で当然に退職するのではなく、むしろ従前の勤務関係をそのまま継続させることを予定し、当初からこのような運用をすることを意図していたものとみるのが相当である。
本件勤続満10年定年制についての使用者及び従業員の意識が右のよいなものであるとすると、従業員の勤務関係が外形的には右定年制にいう定年の前後を通じて勤続しているとみられる場合に、これを、勤続満10年に達した時点で従業員は再雇用契約によるものであるとみるのは困難であるといわなければならず、このような場合に勤続関係がともかくも勤続満10年に達した時点で終了したものであるとみうるためには、右制度の客観的な運用として、従業員が満10年に達したときは退職するのを原則的取扱いとしていること、及び、現に存続している勤務関係が単なる従前の勤務関係の延長ではなく新たな雇用契約に基づくという実質を有するものであること等をうかがわせる特段の事情があることを必要とするものといわなければならない。
しかるに、原審は、勤続満10年に達して退職金名義の金員の支給を受けた15名の従業員の内、2名の者がその後ほどなく退職した事実を認めながら、その退職が勤続満10年定年制の適用によるものであるか、それとも他の事由によるものであるかにつき、なんら認定判断せず、定年に達した者の大半が引き続きXに勤務しているのは、労働市場において退職者に代わるべき若い労働力を確保できなかったことと、会社の主力になって働くべき者が多く含まれていたことによるものであり、また勤務条件等が変化していないのは、勤続満10年定年制採用当初の事務的な不慣れが原因であったと認定しているにすぎないのであって、右の程度の事実では、未だ上記の特段の事情があるものということはできない。
いずれにしても、原審の確定した事実関係からは、直ちに、本件係争の退職金名義の金員の支給を受けた従業員らが勤続満10年に達した時点で退職しその勤務関係が終了したものとみることはできないと言わなければならない。
そうすると、右金員は、名称はともかく、その実質は、勤務の継続中に受ける金員の性質を有するものというほかはないのであって、前記所得税法30条1項にいう『退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与』に当たるための3つの要件のうち『退職すなわち勤務関係の終了という事実によって事実によって初めて給付されること』という要件を欠くものと言わなければばらない。
次に、右のような継続的な勤務の中途で支給される退職金名義の金員が、実質的にみて右の3つの要件に適合するところに適合し、課税上、右『退職により一時に受ける給与』と同一に取り扱うことを相当とするものとして、右の規定にいう『これらの性質を有する給与』に当たるというためには、当該金員が定年延長又は退職年金制度の採用等の合理的な理由による退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるとか、あるいは、当該勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要するものと解すべきところ、原審の確定した前記事実関係のもとにおいては、いまだ、右のように本件係争の金員が『退職により一時に受ける給与』の性質を有する給与に該当することを是認させる実質的な事実関係があるということはできない」とした(最判昭和58年12月6日)。
[解説]
資本、労働者も意思を持たないから勤務関係ではなく、生産関係であり、生産関係には予め実質という属性は備わっていない。金員、勤務関係には何ら属性は備わっていない。
司法は、従前の勤務関係をそのまま継続させることを予定し、当初からこのような運用をすることを意図していたと、実体のない観念である意図から事実確定をしてしまっている。司法は実体のない観念たる意識、客観から事実確定をしてしまっている。司法は、資本関係から規定された法の趣旨と交渉して事実確定を行い、法の包摂を行っている。
第一審は、資本関係、経済関係を土台に形成された社会通念と交渉してしまっている。資本は、既に国際金融資本が所有する、民間金融機関の所有を通じた紙幣発行権、準備金制度の所有についての実体関係の存在、国際金融資本との資本関係に基づく現金留保義務から、使用人を失業させることにより人件費を削減し、10年定年を法律行為により実体あるものと社会に認めさせることを余儀なくされているから、労働者は、現実には、生産関係上、実体関係上勤続10年をもって退職せざるを得ない。
資本関係から課された現金留保義務から、資本は、資本増殖を産むことができない労働力商品の購入をせずに、人件費を抑え、労働資本増殖すなわち労働力商品が労働を疎外し搾取の土台となっていたという既成事実から再雇用を行い、資本関係から、資本、生産手段を持たない労働者はそれに応じざるを得なかったが、再雇用された労働者についても一旦生産関係の終了があったのである。
資本、生産手段を持たない労働者は、労働の実体のない劣後金融資本が名目上役員となっている場合と異なり、労働を疎外され、資本に貸付を余儀なくされている間、現実の労働に満たない賃金で生活をせざるを得ない。退職の段階において現実の労働を基に疎外された労働について利息を加算して支払う義務が資本にはある。
労働者は、生産関係に基づいて労働をせざるを得ず、生活の土台となる経済に基づいて、法人に投下された資本を使用することができないから、資本の現金留保が減少し、不足したという損失を負担する義務はない。損失を負担する義務は資本にある。
労働者は、生産関係上、労働を再疎外された退職金を受け取って退職に応じて資本の利益、存続に貢献せざるを得ず、自由意思で勤続10年をもって退職を要望したと見ることはできない。退職給与は恩典ではない。
退職段階での金員の支給は、実体のない観念たる目的ではなく、義務である。疎外された労働の実体から、退職給与は、将来の給与の前払であるとの属性を付与して、将来の労働を余儀なくさせることを義務づけるものではない。
退職の段階で既に引渡し済の労働と引き換えに受け取った現金商品に税負担を増加させることは、租税は現実には利子、配当であるから、生産関係上資本を使用する権限のない労働者に利子配当を負担させることであり、労働の再疎外である。