[事実関係]
Y2は、Y1会社に在職中、Y1、訴外A銀行、同労働金庫から住宅資金を借入れた。上記借入には抵当権の設定はされずに、低利かつ長期の分割弁済の約定となっていた。
また、Y1とA銀行からの借入金にはY1が利子の一部を負担していた。借入金の内、Y1のものは、毎月の給与及び賞与から元利均等分割返済額を控除し、退職の場合には退職金その他より融資残金の全額を直ちに返済する旨の約定がされ、A銀行、B労働金庫のものは、Y1がY2の委任より給与等から控除して支払い、退職の場合には残債務を一括して同様に償還する旨の約定になっていた。
Y2は借財をして交際費等に充てその額は総額7,000万余に及び、破産申立てをするほかない状態に陥ったことから、Y1に退職を申し出た。
Y1はその処理を了承し、従来からの慣行に従い、前記約定の趣旨をY2に確認し、Y2の債権の一切をY1に一任する旨の委任状の提出を受け、破産管財人に選任された原告Xは、上記清算処理は労働基準法24条1項の賃金全額払い、直接支払いの原則に違反するとしてY1に対して上記退職金等の支払いを請求した。
第一審は、
「完全に自由意思による同意と認められる本件清算処理は有効であるが、破産法72条1号に該当し、Xは否認権を行使できるとしてXの請求を認容した(大阪地判昭和61年3月31日)。
原審は、本件相殺は労働基準法24条違反としないとしたが、破産法72条1号の適用のある場合には当たらないとして原判決を破棄した(大阪高判昭和62年9月29日)。
最高裁は、最判昭和48年1月19日を引用した上で、
「右全額払いの原則の趣旨に鑑みると、右同意が労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は厳格かつ慎重でなければならない。
本件についてこれをみると、本件清算処理はY1借入金の一括返済請求権及びA銀行、B労働金庫借入金の残債務の一括返済の委任をY1が受けたことに基づく返済費用前払請求権(民694条)とY2の退職金及び給与等の支払請求権とをY2の同意のもとに対当額で相殺したものであるところ、Y2は清算手続を自発的に依頼し、その過程に強要にわたる事情はなく、手続終了後も担当者の求めに異議なく応じ、退職金計算書、給与等の領収書に署名押印しており、また、本件の借入金はY2の「利益になっており、同人においても、右借入金の性質及び退職するときには退職金等によりその残債務を一括返済する旨の前記各約定を十分認識していたことがうかがえる」とし、
Yの同意は「同人の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していた。債権者の相殺権の行使は、債権者の破産宣告の前後を通じ、否認権行使の対象とはならないから、本件相殺権の行使自体は否認権行使の対象となるものではない。「本件委任状による同意は、破産法上これを否認権行使の対象とする余地のないもの」であるとした(最判平成2年11月26日)。
[解説」
破産するしないに自由意思はない。債務者は意思に基づいて破産の依頼をすることはできない。
資産を生産手段にして貸与して労働を疎外して疎外した労働を資本に転嫁して中央銀行を所有する民間銀行に投資することができなくなるまでは破産できない。
労働者は、資本の資本関係、生産関係に基づいて賃金の受取を削減することを余儀なくされる。
司法は、実体のない意思を理論や客観という観念に基づいて実体あるものとしてしまっている。 労働者は、労働者の生活の土台となる経済に基づいて労働することはできず、生産関係に基づいて、労働過程を延長されることに応じざるを得ず、接待することに応じざるを得なくなり、法人の資本が支払う義務がある交際費の支払いを転嫁され、労働を再疎外され、疎外された労働は資本に転嫁されている。
労働者は資本、生産手段を有せず、労働力商品を売らなければ、資本関係から課された生存義務に応じることができない。
労働者が請求しなくとも、生産関係上、現実の労働に関する、疎外された分について全額支給する義務があるのである。 借入金には価値属性が備わっていない。
借入の土台は疎外された労働である。現金は主人を持たない。労働者は労働を疎外されたことから、資本に投融資を受けなければ、生活できないし、住宅も取得できない。よって、資本からの借入は賃金を削減する理由とはなりえない。
労働者が相殺される契約を認識していたか否かは実体のない観念であり、生産関係上からも、認識の有無にかかわらず、現実の労働の実体からも賃金を全額支払う義務がある。労働者は、借入債務を弁済できたという利益を得たのではなく、疎外された労働について、資本から賃金債務の弁済を受けたのである。