[事実関係]
原告法人Xは、広告代理業等を営んでいる。
Yは、Xに入社し、10年間勤務し、昭和48年7月20日に退職したが、同年自己都合退職乗率に基づき計算された退職金64万8,000円を受領した。
X社の就業規則には、勤続3年以上の社員が退職したときは、退職金規則により退職金を支給する旨が規定され、退職金規則には、退職金は、退職発令後本人から請求があった時から7日以内に支払うことが規定されていた。
同規則の退職事由別支給乗率表によると、退職後同業他社へ転職の時は自己都合退職の2分の1の乗率で計算されることになっていた。
また、Yは、入社に先立ち退職後同業他社に服務し、あるいは自営するときは、必ず事前にX社に承諾する契約書を提出しており、また、退職金を受領する時にも今後同業他社に就職した場合は退職金規則に定めるところにより受領した退職金の半額である32万4,000円を返還することを約していた。
Yは、同年8月9日同業他社に入社した。
原告法人は、8月6日にそれを知り、退職金規則及びXY間の約定により、支払い済み退職金の半額に当たる32万4,000円を不当利得として返還することを請求した。
第1審は、
「XY間には、退職後同業他社に就職する場合には自己都合退職金の半額が不支給となる旨の契約があったと認定し、この契約は間接的に労働者に競業避止義務を課したものであり、退職時に退職金の額が確定することは明らかであるので、競業避止義務に違反した場合には退職時に退職金の半額を没収するという損害賠償の予定の約定は、労働基準法16条に違反し、無効である」とした(名古屋地判昭和50年7月18日)。
第2審は、
「X社の退職金制度は全額使用者負担となっており、この方式の下では退職金支給に関して使用者側にある程度裁量的に定めうるものと解され、法律の規定や公序良俗に反しない限り、自己都合退職の場合でも退職事由によって算定基準に差異を設けることが許されると解し、本件退職金規則はまさしく退職金支給基準を定めたものであり、要件を充足する時は退職金がその支給割合に応じた数額しか発生しないことを意味するとした。
このことは予め周知されているので、同業他社に転職するか、他の企業で働くか、そのまま残るか、どのような選択をするかは従業員の意思に委ねられているし、支給基準に差異を設けたことに従業員の足止めを図ろうとした意図は看守できるが、直ちに実質的に損害賠償を定めたものとして労働基準法16条違反とはいえないし、この程度の減額支給が従業員に対する強い足止めになるとも考えられず、民法90条に違反するとも断定できない。
また、労働基準法24条にも反しないと」とした。
(名古屋高判昭和51年9月14日)
最高裁は、
「X社が営業担当社員に対し退職後ある程度の期間制限することをもって直ちに社員の職業の自由等を不当に拘束するものとは認められず、したがって、X社がその退職金規則において、右制限に反して同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金につき、その点を考慮して、支給額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することに鑑みれば、合理性のない措置とすることはできない。
すなわち、この場合の退職金の定めは、制限違反の就職をしたことにより勤務中の功労に対する評価が減殺されて、退職金の権利そのものが一般の自己都合による退職の場合の半額の限度においてしか発生しないとする趣旨であると解すべきであるから、右の定めは、その退職金が労働基準法の賃金に当たるとしても、所論の同法3条、16条、24条及び民法90上等の規定にはなんら違反するものではない」とした(最判昭和52年8月9日)。
[解説]
労働者は、資本、生産手段を有せず、労働力商品を売らざるを得ない。金融資本から投融資を受けて生産手段を購入せざるを得ない。
同業他社に転職することや自営をする場合に勤務していた法人の資本家の許可を得ることや、その場合に退職金が減額されること、同業他社に転職しないことや自営をしないことにより退職金が支給されるという契約を締結させることは、労働者に退職することを留まらせ、疎外された労働に閉じ込めることである。
足止めの意図という実体のない観念ではなく、現実に疎外された労働を継続せざるを得ない生産関係を形成しているのである。
国際金融資本との資本関係から、労働者に生活の土台となる経済に基づいて、職業を選択することはできず、労働者に意思はない。
労働者は、生産関係上、このような条件を飲まざるを得ない。資本関係から規定された法の趣旨と交渉するのではなく、現実の生産関係、疎外された労働から労働基準法5条を解釈し、疎外された労働を継続させることを余儀なくさせることはできないから、労働基準法5条違反ということになるであろう。
法人の資本は、現実の労働について生産関係上賃金を支払う義務がある。
資本関係を土台にした紙幣発行権に関する実体関係に基づく国際金融資本の現金留保、回収義務、被所有法人の現金留保義務から、過去及び現在の現実の労働が疎外され、疎外された労働が資本に転嫁され、現金商品と交換されている。
退職金に価値属性は備わっていない。退職金の支給を義務付ける規定は労働法にはないが、資本家は、労働者からの請求がなくとも、法人資本家の内部留保に関係なく、労働者に疎外された労働についての賃金を退職段階において支払う義務がある。
資本に転嫁された部分については、国際金融資本から再疎外による搾取がされて退職までの過程において累積されて貸付けられているから利息を含めて未払給与を支給しなければならない。
支給倍率は、現実の労働の疎外に基づいて規定される義務がある。労働という土台のある退職金と労働や土台となる経済関係のない投融資とは経済関係が異なる。
退職して転職や自営をすることが、疎外された労働についての未払給与を減額する事由とはなり得ない。労働者が資本、生産手段を所有していないことに鑑みれば、法人の資本家の利益が労働者の生活より優先されるとすることはできないであろう。
資本の側が、国際金融資本から資本関係を土台とした紙幣発行権を土台に、紙幣発行権承継者、紙幣発行権のない資本家が課せられた現金留保義務に基づいて、恣意的に退職金の減額をすることはできない。
就業規則の存在を知っていたか否かは実体のない観念であり、知っていたか否かに関係なく、文書で通知されていたとしても、生産関係上の義務から、失業すれば資本、生産手段を持たないことから、疎外された労働の賃金を支払わないとすることはできず、退職事由に関係なく、減額事由を定めた就業規則は包摂されないと解される。
評価減は実体のない観念である。社会通念、公序良俗は実体のない観念である。
社会通念、公序良俗は経済に基づいて形成される。退職金の減額ができるか否かは社会通念により規定されるものではない。
労働者が同業他社に勤務したことにより、内部留保が減少したとしても、労働者は生産関係に基づいて労働せざるを得ず、労働者の生活の土台となる経済に基づいて労働することはできず、労働者に意思はないから、損害を負担する義務は資本家にあるのであって、労働者に損害賠償する義務は存在しないのである。