ブルジョアは、内部留保と更なる労働力の確保という階級維持の命令により、血縁やそれに基づく家族について定義し、そこに愛という性質を与えた。顧客のために事業を代々承継しなければならないというのは方便である。

顧客のことを考えているなら、血縁にとらわれず顧客に利益をもたらしうると推論できる人間にして承継させればよいことである。

人は子を作り、子を愛することを強制した。人は、親子の絆、父性、母性なる属性を持ってはいないのである。だから、自分の命令(命令の土台は他者としての生産、経済関係その上が社会関係)に従わないことから子供を虐待する親もいれば、血のつながらない子供や動物を愛している親もいる。血縁のあるなしに限らず子供を愛するのは、美の基準に合致しているから、内部留保が拡大できたから、生計を支えてくれるから、介護してくれたから、生産関係が存在するご主人様(例えば、夫、ブルジョア及びその番人、取引相手、親、社会)に復讐をしてくれるから、子供が僧侶や牧師になって自分を慰めて生産上経済上社会上の問題を隠蔽してくれたから等であって、血縁関係に基づくものではない。

いずれにせよ子供の社会関係等全てについて知らないことが多いから愛しているのであって、親子の関係が濃密であるから諍いが絶えないのである。