<p>産業資本は、先代の技術を代々守っていかなければならないというが、遺伝は実体がない観念である。人間や家族には価値属性は備わっていない。

ブランドは実体のない価値属性である。

宗教の呪縛から解放されて見れば、シャネルやバーバリーを着て歩いているブルジョアも「佐藤」や「田中」のゼッケンを貼ったジャージを着た中学生も変わりがない。

価値は、それを使用させて現金を消費せずに資本を増殖させるかどうかによって価値を付与し実体あるものとして社会に認めさせているものにすぎない。

資本の投下から始まる生産手段の購入、貸与、労働の短縮、労働の疎外、無償による残業の延長、生産、商品の引渡しと現金商品の受取りの反復を通して資本増殖の技術は進歩する。技術を承継するのは子息でなくてもよい。

他人資本でもかまわない。先代の技術云々は方便である。オーナーが従業員の生活を慮って法人をさせているのではない。

国際金融資本が税負担をしていないことや中央銀行の準備金制度、紙幣発行の実体関係を知っていれば、労働者が生活保護を受けるだけの財源はあるし、労働者に無償労働をさせてまで法人を存続することはない。

労働者は、資本の所有である労働力を再生産し扶養しなくてもよい。法人などさっさと清算させてしまえばよい。

それでは何故、頑なに法人の存続を維持するのか。役員報酬の金額については、金融資本との資本関係から制約がある。

資本関係の存在から金融資本が決めた相手と結婚し生殖をし労働力を再生産しなければならない。労働力商品が増大し、労働力商品を購入しなくとも中央銀行の所有維持できていれば、より多くの資本の増殖を産み出す、すなわち賃金を搾れる、資本を持たない待機中の労働者と取り替えることができるから、既存の正社員の賃金も新たに契約した労働者の賃金も搾れ、資本関係のある産業資本も労働者を低賃金で働かせることを受け容れざるを得ない。

オーナー役員は、産業資本でもあるから、現業を行わずに、金融資本から借入れた現金を労働者に貸与して労働を疎外して資本を増殖し、国際金融資本に資本を現実には所有されるが、利子配当の支払いを労働者に転嫁し、現業をせずに役員報酬の名目で配当を得ることができる。

国際金融資本との資本関係から搾取の土台となる労働者を手離すことができないのである。よって、産業資本は、法人の存続にしがみつくのである。

昼夜労働者を無償労働させてまで法人の存続にしがみつくのである。国際金融資本から見れば、オーナー役員も労働者も使用人である。国際金融資本は、産業法人の資本が増殖した後損失を与えて中央銀行を所有する民間金融機関の株式を購入させない。

国際金融資本が中央銀行を所有を維持してくれれば、投融資を受けて国際金融資本に法人の資本を所有されることを引き換えに、労働者の労働を疎外して労働者が労働力商品の引渡しにより得る現金に価値属性を付与して自己資本比率に応じて、自己資本を食いつぶしても費用損失を労働者に転嫁して労働者の給与を奪い取る実体関係を所有することができるから、保守的思考が形成される。

戦争をさせれば国際金融資本の資本が潤うから戦争を行わせて欲しいのである。資本を持たない労働者は給与が架空資本たる現金社債、株式を握らされれば労働は再疎外される。

よって、金融資本が指定した女と子息又は経済関係のある法人オーナーの子息やをくっつけようとする。

労働者同士をくっつけようとする。

奴隷の道徳に洗脳された産業資本は、経済関係に他ならないゴルフや麻雀や金融資本とその使用人たる自民、青年会議所との飲み食いを付き合いと称してやらざるを得ないが、労働者が疎外された労働、無償労働を昼夜行っている間に労働をせずに資本を増殖し、国際金融資本に資本を引渡し、国際金融資本が配当の原資とした後、役員報酬の名目で配当を受け取ることができる。

事業承継は、国際金融資本の中央銀行所有維持の装置である。 </p>