[事実関係]

被告銀行には昭和37年から退職一時金制度とは別に退職年金制度が存在しており、退職金規定がその受給資格などについて定めていた。

退職年金は無拠出制で、勤続満20年以上の退職者が満60歳に達したときに、本人の申出によりその翌月から終身にわたり毎月支給されることになっていた。

当初は退職金規定どおりの金額が退職年金として支払われていたが、昭和62年8月以降は、公的年金が低額であり、規定額以上の上積支給がされていた。

上積支給の金額について明文の規定はなく、退職時の職位、勤続年数に応じて決定されていたが、概ね規定額の3倍程度の年金が各受給者に支給されていた。

年金の支給開始時には年金通知書と題する書面が交付され、表面には上積みされた支給額が記載され、年金は終身支給である旨が記載されていた。

裏面には、「年金は経済情勢及び社会保障制度などに著しい変動。又は銀行の都合により之を改定することがあります」との文言が印刷されていた。

このような通知書は、少なくとも昭和50年頃以降は退職年金を受給する全ての退職者に交付されていた。

バブル崩壊以後被告銀行の業績は急速に悪化、様々なリストラ策が講じられたが、その後も収益は改善せず、退職年金の支給額は平成7年度で年間約6億5,000万円に達しており、Y銀行は、平成8年1月1日に、同年4月1日から退職年金の支給額を規定どおりの金額まで減額することを決定、同年2月1日付けで原告Xらを含む退職年金受給者578名にその旨を通知した。

内566名は異議を留めることなく確認書を返送したが、Xらの一部を含む5名の退職者は拒絶をした。

裁判所は、Yでは退職年金の他に十分な額の退職一時金が支給されていること、また終身支給であること、受給者死亡の場合配偶者には半額が支給されることを挙げ、

「Yの退職年金は、賃金の後払い的性格は希薄であって、主として功労報償的性格の強いものである」とし、

「XらとYとの間には、年金通知書交付時に退職年金を上積支給する旨の個別の合意が成立した。しかし、Xらは、訂正変更条項の存在を認識した上で年金の受給を開始している。つまり、上記の合意においては、一定の場合にYが支給額を改定できることが当然の前提とされていた。そしてYの退職年金はもともと功労報償的性格が強いこと、上積支給部分は退職金規定上支払義務がなく恩恵給付的性格が強いことに鑑みれば、訂正変更条項は有効.といえる。尤も、Yにおいては約20年近く上積支給が行われ、退職者の期待も大きかった。

Yの都合で年金額を自由に改定できると解すべきではない。退職年金の減額は、年金通知書に経済情勢及び社会保障制度などに著しい変動があった場合が例示されていることに鑑み、これらの事情又はこれに準ずるような一定の合理性及び必要性が認められる場合にのみ許されると解すべきであり、そのような合理性及び必要性がないにもかかわらず恣意的に行った減額は、権利の濫用として無効となる。

Yの経営は、バブル崩壊後著しく悪化し、人員削減、店舗削減、役員報酬や賞与切下げなどの対策を講じたにもかかわらず、2年連続損失を計上せざるを得なかった。他方で退職年金は受給者の増加により、年々支給総額が急増し、経営を圧迫することが確実視された。このような事情を考慮するならば、Yによる本件減額措置は¥には、一定の合理性、必要性が認められ、また、退職年金の受給権者578名中、566名が右減額措置に対し異議を述べていないことをも考慮すると、右減額措置が権利の濫用に当たるとはいえない。

また、XらとYとの間で退職年金を上積支給する旨の労使慣行が成立していたと見る余地があもあるが、この労使慣行においても、年金の支給開始後一定の場合にはYが支給額を改定し得ることが当然の前提とされていた。

結局Yの減額措置は、労使慣行においてYに留保された権限を行使したものであり、その行使には一定の合理性及び必要性が認められるのであるから、労使慣行の不利益変更にも該当しない」とした(大阪地判平成10年4月13日)。

[解説]

退職年金には価値属性は備わっていない。

労働者は資本、生産手段を有せず、法人の資本は、労働者の申出がなくとも、現実の労働について、疎外された労働があれば、利息を付けて支払う義務がある。恩恵や特典でない。

退職年金の額は、国際金融資本の資本関係を土台とした現金留保、回収義務により変動を余儀なくされ、現実の労働を土台としていない。

過剰支給というのは方便である。退職年金の減額は、退職段階において、疎外された全ての労働について賃金が再び疎外されることである。

労働者は労働者の生活の土台となる経済に基づいて労働できない。法人の資本の内部留保の減少は、国際金融資本との資本関係を土台とする紙幣発行権に関する実体関係から課された現金留保義務、回収義務によるものである。

年金基金に拠出した資産は国際金融資本の所有であるから、拠出された資産を、現金商品との交換を源泉に、国際金融資本により、他に投融資されてしまったのである。

国際金融資本は経済関係に土台のない過剰投融資を基金にして、破綻した基金を安く買収し、利子配当を得る。生産関係上、法人の資本の損失を労働者に転嫁することはできないのである。

国際金融資本は、紙幣発行権、準備金制度から、搾取の源泉となる現金不足になることはない。不利益変更が行われることを認識していたか否かは実体のない観念である。

現実の労働の実体があるから、法律上解雇できないからといって退職年金支給に関する内規の不利益変更をできるというものではない。

法人を清算されると退職年金がもらえないから、清算しない代わりに年金が減額されるとすることはできない。

労働者は、資本関係、生産関係の存在から、退職年金を減額する内規に応じざるを得ない。上積みの支給の期待という実体のない観念の問題ではない。

労働者が不利益変更について認識していたか否かに関係なく、労働者は資本、生産手段を持たないから、法人を存続させることによる法人の資本の利益、すなわち投融資を受けて生産手段を貸与して労働を疎外して疎外した労働を資本に転嫁するということが優先されるとすることはできない。

経営環境を圧迫することは確実というのは実体のない方便である。損失を負担する義務があるのは国際金融資本である。国際金融資本は紙幣発行権、準備金制度を有するから、所有する法人が清算しても、資本へ転嫁されることの源泉たる現金不足になることはない。

司法は、現実の労働、生産関係を疎外して、国際金融資本の資本関係に基づく紙幣発行権、準備金制度に関する実体関係による現金留保義務、回収義務により形成される労使慣行と交渉している。
実体がなく、経済、経済を土台とする実体関係に備わっていない、土台となる経済のない「当然の前提」という属性をフィクションして事実確定をしているのである。資本は、労働者の生活、生活の土台となる経済、現実の労働、生産関係を疎外して、理論、すなわち資本の方便に基づいて事実確定をしている。