[事実関係]
原告法人は、代表者及びその同族関係者が所有する法人で、原告法人の資本家は、米国法人を所有し、米国法人はイギリスへの販売法人を所有し、イギリスへの販売法人はパチスロ機の組立加工受託法人を所有していた。
イギリス向け販売法人は、原告法人にパチスロ機を発注し、日本に所在する基板製作法人に製作、納品させ、日電協を通じ、イギリス向け販売法人の下請法人に基盤を配送しパチンコ機を完成させた。契約上は、基盤製作法人が同社製基板を米国子法人に輸出し、イギリス向け販売法人の子法人でパチスロ機組立加工受託法人は、同基盤を米国子法人より輸入したものとしていた。
米国法人は平成8年11月から10年9月までパチンコ組立加工受託法人に、基板製作法人から一枚当たり1万4,000円で購入し、一枚当たり8万円で販売していた。
本件取引で現実に輸出入されていたのは注文された基盤製作法人製の基板とは別の中古製基板であった。
米国子法人は本件取引開始前において債務超過であった。
原告法人は、イギリス向け販売子法人に5億9,000万円の貸付金があり、12年4月1日付けで同子法人を吸収合併している。
税務署長は、当該一連の取引は、原告法人が行っていたものを米国子法人が行っていたかのように仮装したものであり、当該取引によって得た所得等を申告していなかったとして、平成11年3月期までの3事業年度で43億円の所得計上洩れを指摘し、同金額は原告法人から国外関連者である米国子法人への寄附金であるとし、原告法人に、法人税、消費税及び地方消費税の更正処分並びにそれらの重加算税賦課決定処分を行った。
裁判所は、当該取引は仮装行為に当たらずないとする(東京高判平成15年1月29日)。
[解説]
課税側のいう原告法人の株式公開のためというのは実体のない方便である。課税側は原告法人の意思に下に米国法人に利益を享受させていたとする。
登記上の原告法人の資本家や国際金融資本家でない全ての資本家は、中央銀行を所有する民間銀行を所有していないから、原告法人や国際金融資本家以外の資本家が留保している現金は、原告法人に投融資された現金は、国際金融資本家からの投融資を源泉とする。
原告法人の資本家との資本関係、原告法人の資本家の現金留保義務に基づいて、投融資された現金を基板に投下し、労働を疎外して現金留保をせざるを得ないのであって、原告の意思ではなく、原告法人の資本家との資本関係、原告法人の資本家の現金留保義務から現金留保を義務づけられていた。
日電協は、パチスロ機の特許を有する法人であり、原告が所有する米国法人が所有するイギリスへの販売法人は、協会との経済関係上、現実には実体がないが、実体化された権利を生産手段として貸与されているという生産関係上、パチスロ機の全部又は一部を輸入せざるを得ず、現金留保をすることができなかった。
イギリス法人は、米国子法人を取引当事者とする効果意思を有していたという効果意思は、実体のない方便である。課税側がいう日本法人製作の基盤を取引する効果意思がなかったとするが、当該効果意思も実体のない方便であり、税務調査における全事実の確定を行っていないことになる。
真実の意思は実体のない方便であるから、真実に意思やそれを確かめることは経済関係、実体関係の確定の土台とはならない。
米国法人は、登記により実体があるものとして現金留保が実体あるものをと社会に認めさせざるを得なくさせられており、契約を締結するにより、現金留保の土台となる資産の引渡しについて、権利義務を負わざるを得ないことを社会に認めさせざるを得なくさせられている。
私的自治の原則や租税法律主義から法律上の実体と経済実体が異なることがないということではない。
移転価格税制や寄附金課税による課税回避の動機にいう動機は実体がない方便である。契約上の引渡義務があるとされている資産と異なる資産を引き渡している。
譲受人の資本家は、現金を投下して中古基板を購入し、労働を疎外し現金留保を蓄積し、売上代金の返還不要は確定している。
資産を引き渡して現実に輸出入取引が行われ、各当事者は輸出入費用を契約上の義務に基づいて負担している。
日本法人が製作した基板が米国法人に引き渡されず、原告法人に引き渡されたことについては、原告法人が米国法人の代理で基板を占有して譲渡したとする指図による占有移転も可能であるとした。製造時間等の関係上経由しなかったとすることは、時間という価値属性上のものであって実体がない。
当該輸出入は、原告法人の資本家との資本関係に基づいているが、経済関係、経済関係の上層にある契約に基づいた取引である。
裁判所は、米国法人が日本法人製作した基板と異なる中古基板を納品したことや原告法人が基盤の注文、製作、授受の事務の一部を行ったことや経営指導の報酬を売上代金に付加したことにつき、自然、不自然、合理不合理の語を用いているが、経済関係、経済実体について問題提起することをやめ、宗教学に基づいて法を包摂させなければならないかのようである。
援助を行うことは、原告法人が現実に子法人の労働を疎外して搾取し剰余資本を所有してきたという過程が既成事実が土台となっている。
支援という役務の提供による報酬支払は、役務に実体があれば、資本家と労働者の生産関係上支払う義務がある。合意が土台となっているわけではない。
法的関係を離れて経済実質によれば、恣意課税の温床となる見解があるが、国際金融資本家がその資本関係と現金留保義務から、その他の全資本家、労働者の現金留保を疎外して規定し法則としたのが法律であって、法を包摂したものが現象であり、法律関係のみから解釈適用することは上っ面から解釈適用を行うことであり、経済関係を離れて法律関係によることが恣意課税の温床となるのである。仮装行為であるとされなかったことは取引関係者の意思が真正であったからではない。
事実確定により経済実体と法律上の実体が乖離していないとされたからである。仮装行為の価値属性を付与することは、課税処分に納税者が知っていたか否かという実体のない観念、実体のないリスクにより価値属性を込めた予測可能性の問題ではなく、現実の全経済関係に乖離しているか否かの問題である。

