漫画「はだしのゲン」の作者、中沢啓治氏が19日亡くなられた。73歳、肺癌によるものである。死因には被爆したことによる影響もあったのではないかとも言われている。
はだしのゲン」だけがメディアに取り上げられることが多いが、氏は、同作品以外にも「黒い雨に打たれて」「ユーカリの木の下で」「出発の歌」他、戦争について考えさせられる作品を残している。
はだしのゲンの中で、現在は平和になったのであるから原爆が投下されたことに感謝しなければならない旨を主人公が述べているところは資本経済に逃げ口上を与えるきっかけになるかもしれない。
しかし、大学出のエリート学者先生、戦争を体験した小説家の多くは、戦争の土台について、その根拠を政権争い、軍隊内部の組織構造、テロ、メンツ、宗教、米英に対する憎悪、イデオロギーといった唯心論に求めているお花畑ぶりであるが、中沢啓治氏は、被爆により生存の土台である経済が失われ、幼い頃から労働し中学しか出ていないのだが、同作品の中において、戦争の土台は、経済であることを、彼にとって十分伝えきれたかはともかく、訴えている。
絵画によって描写された現象面だけでは戦争の全体について描き出すことに限界を知り、経済、社会、歴史、政治、文学、哲学、音楽、芸術あらゆるジャンルについて相当勉強された方であるということが彼の残した作品群から看て取れる。
彼の作品には、原爆の描写だけでなく、「むげチンにして砂をまけ」に代表される戦時中の疎開いじめ、チャーチルやルーズベルトの踏み絵や奉安殿に向かって最敬礼するシーンも登場する学校教育、町内会、食生活といった、子供にも迫る身近な問題から世界経済の構造、中国での加害行為、人体実験、戦後のレッドパージ、日米安保といった問題まで、わかりやすい表現を用いて幅広く取り上げられている。
昭和天皇に最高敬語と使い続けるメディアに対し、氏は、戦前、戦中、戦後の昭和天皇をオブラートに包むことなくストレートに批判している。戦後も天皇を賛美する人民について批判している。
戦争協力者が戦後左翼に転向したことについても批判している。晩年は白内障を患われて作品を描き続けることはできなくなったが、精力的に講演をこなされていた。病気がなければ、個人的には、彼には、アメリカ金融資本や資本家天皇について、もっと追求して踏み込んでそれを作品にして欲しかった。
彼には、まだまだ伝えたかったことは山ほどあったに違いない。
現在も世界各地に所在する中央銀行を通じた国際資本家による各国に所在する資本家への投資により、核開発が世界各地で行わうことをさせられ、日本にも2011年三度目の原爆投下が行われた。三度の原爆投下の土台は、いずれも、金融資本に所有された産業資本にとって、核開発製造はコストがかかること、原爆投下後の復興について、日本資本家は金を使用せざる得ず、資本関係から株主でなく労働者にその負担を転嫁せざるを得ないから、アメリカ金融資本の投融資を受けざるを得ないことである。
原爆開発所有投下の土台は、旧ソ連や現代の核保有国に力を誇示することではない。原爆開発所有投下は、威嚇して心理に影響を及ぼすという効果期待論や目的論に基づくものではない。日本の資本家も法律上核開発することがアメリカ金融資本との資本関係、経済関係により余儀なくさせられた。
戦後生まれが7割を超えた現在、生存している者は、メディアに踊らされて目先の政権争いやフィクションでしかない反日言動にばかりにとらわれるのではなく、世界経済全体を見回して、反戦を訴え、世界から戦争を廃絶しなければならないのである。