社会においては、物の筋道、道理のことを条理と言っており、法解釈、裁判において、これを用いて法の欠缺を補うことがある。しかし、全ての物には、あるべき属性は備わっておらず、条理を用いれば、全ての経済関係を土台にして考慮することなく、一方の経済関係のみ考慮し他方に経済関係を考慮することを放棄し、条理としていることが自然であるかの如く社会を説得してしまうのである。